イケメンゴリラの次はイケメンオオカミ!? 『ワイルド わたしの中の獣』

これは面白い!ただ今大ヒット中の某盲目老人スリラーよりよっぽど面白い!
久々にドイツ人てやっぱ相当病んでるな…と、うれしくなるような映画だった。
よもやイケメンゴリラがあれだけ話題になり写真集まで出ちゃうぐらいだもの
こんなイケメンオオカミに女子が恋する話があったって、全然フシギじゃない。
つまらない職場と自宅を往復するだけの単調な毎日を送っている女性がある日
自宅マンション前の森で見かけた(見かける?)狼に魅入られ、なんと捕獲監禁。
飼うというよりまるで彼氏のように狼を愛し始め…。(当然部屋はめちゃくちゃ)
映画は、彼女がしだいに野生化してゆく様子をそれはエロチックに描いてゆく。

薄汚れ、臭そうになればなるほどエロくなってゆくヒロインが上司とヤッた後
机に脱〇しオフィスに火をつけるとか最高。自分の血を舐めさせる妄想も凄い。
クライマックスもちゃんと彼氏(狼)が彼女のために食事(鼠)を獲ってくるなど
暖かな愛の物語になるし彼女も実に幸せそうでこれぞクリスマスにぴったり!
ある意味、ストレス社会の癒しと処方箋を描いた寓話のようにも見受けられて
なにしろカルト化は必至! もう人間は進化しない。動物に還るしかないんだ。
こんな映画を若手女優と女性監督で創るドイツってなんと素敵な国なんだろ!
若干ウサギの扱いに胸が痛んだけどエロくて奇妙でホント面白かった。怪作!

wild

ドイツに過労死はないっていうけど
本作を観ると日本と似ている気も…。

『ワイルド わたしの中の獣』(2016年・ドイツ/カラー/97分)
【監督】ニコレッテ・クレビッツ
【出演】リリト・シュタンゲンベルク、ゲオルク・フリードリヒ、ザスキア・ローゼンダール
【配給】ファインフィルムズ
【5段階評価】★★★★☆
【鑑賞劇場】新宿シネマカリテ
【鑑賞料金】1,500円(クーポン)

アレハンドロ・ホドロフスキー監督作品関連レビュー一覧(旧ブログより)

これもまた“映画の奈落”!ホドロフスキーのDUNE事件!
『ホドロフスキーのDUNE』(2014/06/17)

まさにこれは 『映画の奈落 北陸代理戦争事件』 にも通ずる映画を生み出す上での“覚悟”についてのお話。
『北陸代理戦争』 という興行的には惨敗し、どころか実際のヤクザの抗争まで誘発した映画にまつわる話が、
しかし時を超えて今多くの人を感動させているように、『DUNE』 という壮大な映画を生み出さんと果敢に挑み、
失敗して一度は奈落に落ちたもののそれを「だからどうした?」と言いのけられる1人の孤高の作家の言葉は、
どんな映画よりも感動的で、人の心を揺すぶらずにはいられない。それは、『北陸~』 を書いた高田宏治にも、
『DUNE』 を創らんとしたホドロフスキーにも映画(もしくは芸術)のためなら奈落の底へ落ちても構わないという、
覚悟があったからだ。…まぁ2人とも実際に落ちるつもりはなかっただろうけど。なにしろ現在公開中の話題作、
『ホドロフスキーのDUNE』 には冗談抜きで勇気をもらえる。人生、下降気味という人は涙なしじゃ観られない!

もちろんカルト映画の極北と言われる 『エル・トポ』 のアレハンドロ・ホドロフスキー監督によって企画されるも、
けっきょく創られなかったSF大作 『DUNE』(デヴィッド・リンチの 『砂の惑星』 と同原作)にまつわる話の数々は、
未完成にもかかわらずその後のSF映画の歴史を変えてしまった奇蹟の物語として途轍もなく面白いんだけど、
それ以上に惹き込まれるのはやっぱり齢85にして事の顛末を身ぶり手ぶり交えながら怒涛の勢いで喋り倒す、
ホドロフスキー監督自身の圧倒的な人間力。カルト映画の神が、SF映画の神でもあったって事実にも驚くけど、
もっと畏れ多い人物だと思っていた(そしてとっくに故人だと思っていた)『エル・トポ』 や 『ホーリー・マウンテン』、
そして 『サンタ・サングレ/聖なる血』 の監督がこんな愉快な爺だったという驚きは何にも替え難き映画的魅力。
本作を観れば誰もが老いなどものともしないホドロフスキー監督の豊かなバイタリティに心を奪われるハズだ!

語る言葉はどこまでも壮大なのに、『砂の惑星』 のあまりのヒドさに(うんまぁ確かに)手を叩きよろこんだという、
要は他人の失敗を素直によろこぶその姿は途轍もなくチャーミング。だけど、あれほど命を懸けた作品なのに、
ひと通り語り終えて膨大な絵コンテを繰りながら「私が死んだら誰かが創ればいい。アニメでもいいじゃないか」
とつまり“芸術とは全人類で共有するべきもの”とサラっと言えるその懐深さに感動しボクはそこで涙腺が破裂。
とはいえ 『DUNE』 を創るための“魂の戦士”としてスカウトしたピンク・フロイドがハンバーガーを食すのを見て、
「魂の戦士がビックマックなんて食いやがって!」と憤ったという件には爆笑必至。とにかく、このじいさん最高!
1本の未完のSF映画を通じ、70年代がいかに芸術的に優れた時代だったかに驚きつつ1人の作家の魂に迫る、
珠玉の人間ドキュメント! ホント高田宏治といいホドロフスキーといい映画にはイカしたじいさんがいっぱいだ!!

jodorowskys-dune

この人ならマジで300歳まで生きれそうに思える。

『ホドロフスキーのDUNE』(2013年・アメリカ/カラー/16:9/DCP/90分)
【監督】フランク・パヴィッチ
【出演】アレハンドロ・ホドロフスキー、ミシェル・セドゥー、H.R.ギーガー、ニコラス・ウィンディング・レフン
【配給】アップリンク/パルコ
【5段階評価】★★★★★
【鑑賞劇場】アップリンクX(渋谷)
【鑑賞料金】1,500円(劇場鑑賞券)

******************************************************************************************

R18を超えたEO18版でホドロフスキーの魂の“聖水”を浴びよ!
『リアリティのダンス』(2014/07/17)

そりゃボクとて映画好きの端くれなので言わずと知れたアレハンドロ・ホドロフスキー監督の代表的な3本、
『エル・トポ』 と 『ホーリー・マウンテン』 と 『サンタ・サングレ/聖なる血』 ぐらいはみんな観ているし(全部VHS)、
それらが映画史に燦然と輝くカルト映画であることも当然わかっているつもりなんだけど、
しかしじゃあだからって鑑賞した当時心から3本を“愉しめたか”というと…正直ちょっと自信がなかったりもする。
なにせ3本とも内容が意味不明というかブッ飛んでいるためそのブッ飛びぶりを「凄ぇ…」とは思いながらも、
どこかTV画面の前に置き去りにされたような気分になったこともまた確かだからだ。
なので、そんな映画を撮った人が実は愛嬌溢れまくりのよく喋る好人物だったという驚きとよろこびも含めて、
『ホドロフスキーのDUNE』 には大変感動したもののではそれが23年ぶりの新作となると今度はどうだろうかと。

やっぱり内容がブッ飛びすぎていてうまくついていけなかったら寂しいし、
それならまだしも単にツマラないじじぃの尿漏れみたいな映画だったらそれもまた寂しいと思っていたんだけど、
そんなのはまったくの杞憂だった…『リアリティのダンス』 はめちゃくちゃ面白い映画だった!
もちろん、内容はこれまでの映画と寸分違わぬ感じでブッ飛びまくっていながらも、
どこかそれを越えて観る者の胸にスッと入り込んでくるような叙情味を本作が携えているのは、
監督の年齢や監督自身が時に画面に現れ優しく話しかけてくるという構成によるところも大きいと思うんだが、
なんにせよ、こんな映画は観たことがないしとりあえずは“笑える”場面が満載なので、
本作に対しいろいろ先入観を抱いている人はそんなもの取っ払ってまずは気楽に観に行けばいいんだと思う。

で、この映画の内容をひと言で集約するのは難しいしボクにそんな優れたボキャブラリーはないんだけど、
それでもどうにかひと言で表すとしたら本作は監督の幼少期を題材にした“森崎東的”怒涛の人間愛の物語。
森崎東というのはちょっとイメージで引き合いにしただけだけどとにかくこれはホドロフスキー監督の家族の話。
1920年代に、軍事政権下だった南米はチリのトコピージャという村で、
権威的で暴力的な共産主義者の父親と息子を自分の父親の生まれ変わりだと信じている母親の元に育った、
ホドロフスキー監督の幼少時代がそれはもう観なければわからない超独特の色彩と、
フェリーニ的というより個人的には江戸川乱歩の 『パノラマ島奇談』 や、
夢野久作の 『ドグラ・マグラ』 を彷彿とさせる絢爛豪華な“悪趣味人間サーカス”によって自由に描かれてゆく。

『エル・トポ』 にも出ている監督の長男ブロンティスが演じる、
常にテンションがマックスのフレディ・マーキュリーみたいな父親像にもド肝を抜かれ終始大笑いなんだけど、
台詞をすべてオペラ調で歌う(しかも即興らしい)爆乳お母さんの存在感にはさらにびっくりで最初腰が抜ける!
それ以外にもなにしろフリーキーな人たちが次々と現れまさしくその様子は人間サーカスもしくは人間博覧会。
アップリンクでしかやっていない無修正の“EO18版”というヤツで観たんだが(エンジョイ・オーバー18って!)
フレディはチ○コをバンバン出すし(しかも外人のクセに意外と大したことない)、
お母さんも脱ぎまくるどころか病気に罹ったフレディをよもやオシッコで治すシーンには目が点!(まさに“聖水”)
徹頭徹尾そんな人々とそんな場面のオンパレードだから冒頭からしばらくは退屈している暇なんてない。

“しばらく”と書いたのは個人的にちょっぴりウトウトとしてしまうような落ち着いた場面が後半にあるからで、
それは、聖水を機に主人公が少年(ホドロフスキー自身)から父親にシフトして以降のパートのことなんだけど、
おそらくそれは監督の父親の内面に入り込みその実像を描くという作業が大人の感覚だからじゃないかと思う。
要は監督のかつて自分を苦しめた家族を“許す”という想いがあまりに優しく心地好いオーラを放っているのだ。
とはいえ、そんな父親が主人公のパートとて一見は意味不明なエピソードの連続なんだけど、
しかしそんなホドロフスキー監督の家族に対する穏やかで優しいアプローチの方法は、
たとえば遺作に至るまで家族の断崖絶壁を呵責なく描き続けたイングマール・ベルイマンとはえらい違い……。
それぞれの魂の旅路の果てに家族が一つになるラストは実に詩情豊かで静謐な気分に包まれることだろう。

人間、大人になるとツマラなくなるというがホドロフスキー監督が齢80歳をとうに越えてもこんなに面白いのは、
劇中で彼自身がかつての彼に語っている通り「辛い年月の重さに耐えても心の中にはまだ少年がいる」からだ。
しかもこんな話を家族総出で創ってしまうだなんてこの時代に凄まじい家族の絆だとしか言いようがない。
ダリオ・アルジェントは娘アーシアの美しい裸体を自身の最高の芸術作品としてフィルムに収めたが、
これほど自分の目前で息子(それもけっこう立派な年齢の)にチ○コ(それも意外と大したことない)を露出させ、
それどころか爆乳熟女の聖水をガチで浴びさせる父親もいないんじゃないか?(つーか絶対ホドロフスキーだけ)
芸術は深い。というワケで本作を観るならぜひ完全無修正のEO18版をおススメする!
早くも新作を創っているというしまだまだしばらくホドロフスキー・フィーバーはつづきそうだ!

the-dance-of-reality

父親に鳥の羽で体をくすぐられるシーンも最高!

『リアリティのダンス』(2013年・チリ=フランス/カラー/1:1.85/130分)
【監督】アレハンドロ・ホドロフスキー( 『エル・トポ』 『ホーリー・マウンテン』 『サンタ・サングレ/聖なる血』 )
【出演】ブロンティス・ホドロフスキー、パメラ・フローレス、イェレミアス・ハースコヴィッツ
【配給】】アップリンク/パルコ
【5段階評価】★★★★★
【鑑賞劇場】アップリンク・ファクトリー(渋谷)
【鑑賞料金】1,500円(劇場鑑賞券)

ペドロ・アルモドバル監督作品レビュー一覧(旧ブログより)

新宿2丁目原理主義!
『バッド・エデュケーション』(2005/04/16)

画像観る者を心地好く酔わせる絶妙のストーリーテリングと、
映画としての完成度の高さは充分に理解できるものの、
どうしても肝心の主人公ベニグノに感情移入できなかったため
個人的にはもうひとつの印象だった前作『トーク・トゥ・ハー』。
もともと濃厚変態テイストとキッチュな色彩バクハツの作風で、
スペインのイロモノ監督と目されていたペドロ・アルモドバル監督だが、
『私の秘密の花』(1995)あたりから
奇抜な映像よりも琴線に触れるドラマ性に重点を置くようになり、
『オール・アバウト・マイ・マザー』と『トーク・トゥ・ハー』、
そして“同胞”おすぎの涙の大絶賛で見事良識派映画ファンの支持を獲得した。
ボク個人としてはやはり、かなり昔の 『バチ当たり修道院の最期』(1983)や、
欲望剥き出しの三角、四角、五角関係が笑えて面白い 『欲望の法則』(1987)、
あと足フェチ・マニア御用達の 『ハイヒール』(1991)なんかが好みなんだけれど、
もとよりこの監督の作品は、映像の奇抜さだけで映画自体は退屈なものも意外と多い。
それが最近になってドラマを中心に物語を語り出したらこれが思いのほか巧くて、
あれよあれよという間に世界の誰もが認める大作家になってしまった。
そんなアルモドバル監督待望の最新作『バッド・エデュケーション』を、
新宿高島屋にあるテアトルタイムズスクエアで。
名前のとおりここも東京テアトル系なので、水曜は入場料金一律1,000円だ。大いに利用しよう。
この劇場は、単館としては都内随一のスクリーンの大きさを誇るいい映画館なんだけど、
ただ一点座席の前後の間隔が若干キツくて、
肘掛けのカップホルダーの位置がやけに手前すぎるのが難点と言えば難点。
(また映画館にケチをつけてしまった。でもホントだもん)

映画監督エンリケのもとに、初恋の男性イグナシオが16年ぶりに現れる。
俳優と自称するイグナシオは、ふたりの寄宿学校時代の体験をもとにした脚本を持参していた。
しかし、その脚本を読み進めるうちイグナシオの素性に疑問を抱き始めたエンリケは、
脚本に隠された悲劇と衝撃の真実を知ることになる…。
今回のこの映画の一番の見どころは、なんと言ってもミステリーとしての面白さ。
話を辿ればなんのことはない2時間ドラマや昼の連ドラのような物語が、
観る者をグイグイとスクリーンに引き込む緻密でしかもわかりやすい構成と、
監督の、彼自身の自伝的要素がかなり濃い脚本に対する強い思い入れ、そして、
あまりの濃厚さに思わず吹き出しそうになるほど分厚く描かれる男同士の愛の描写によって、
感情移入できるかどうかはともかく観応え充分の愛にまつわるミステリーとして仕上がっている。
書いたとおり、登場人物の心情に共感できるかできないかは観る人それぞれだと思うけど、
熟練の域に達したドラマ運びの妙は彼の作品群のなかでも随一だとボクは思う。
原点回帰とばかりに監督面目躍如の変態テイストも随所に炸裂していて面白い。観て損はない。
やはり、男たるもの下着は真っ白なブリーフで左斜め上が基本である!(ボクはトランクス派ですが)

主演は、
主演作が次々と公開されるわりには日本での人気はコリン・ファレル級にイマイチな
ガエル・ガルシア・ベルナル。そんな、
役者魂を懸けてガンバっている彼の“ゲイ達者”ぶり(うまい!)を楽しみながら観るのも一興だ。

bad-education

******************************************************************************************

 オカンとワタシと、全然、オトン
『ボルベール〈帰郷〉』(2007/07/12)

今は帰省先が名古屋の方なので、
奥飛騨の生家に足を向けることはないんだけど、
(家自体は残してあって軒先を人に貸している。“ガラクタ屋”)
数年前まで盆暮れのたびに飛騨の方へ帰っていた頃は、
やっぱり、他界してから何年が経過しても家の中に、
親父が“いる”ような気がしたモンだった……。

何かの拍子に天井がミシッと鳴ったりすると(古い家なので)、
酒呑んで上の部屋で寝ていた親父が起きる時のような感覚がしたし、
実際、死んでしばらくの間は、お袋の元を親父は何度か“訪れて”いたらしい。
それはまぁ姿を“見た”とかじゃなく気配を感じたってだけの話なんだけど、
朝、お袋が御手洗の方で顔を洗っていると、そうそう忘れるワケはない、
自分の亭主の酒&オヤジ臭い“匂い”がかなり強く漂っていたという。
言えばそれだけの話とは言え、しかし当のお袋は無性に腹が立ったらしく、
部屋に戻ると、「散々苦労させておいて、今度は化けて出るつもりか!」
と仏壇に向かってそれこそ散々、悪態をついたそうだ(仏様、大迷惑)。
その話を聞いた兄貴は「ヘンな話するな」と少々ビビッっていたけど、
ボクはなんか「それ、いい話だな」とじ~んとしたことを憶えている。

だけど、今、もしも本当に死んだ親父がボクの元を訪ねてきたら、
ボクはいったい、親父に向かってどんな話がしたいだろうか?
何か親父に聞いてほしいような胸の内ってあるだろうか?
何を考えながら、毎日毎日、あれだけの量の酒を呑んでいたのか?
まぁそれ以前に照れ臭すぎて話しかけることさえできない気がするけど(親父はシャイだった)、
30代半ばになり、最近、酒呑んでる時くらいしか人生楽しいと思えなくなってきたボクに、
先人(?)として親父は何か、適切なアドバイスでもしてくれたりするんだろうか…?

『オール・アバウト・マイ・マザー』『トーク・トゥ・ハー』『バッド・エデュケーション』で知られる、
スペインの名匠ペドロ・アルモドバル監督の最新作、『ボルベール〈帰郷〉』を観ていて、
ボクは母親じゃなくて(生きてるし)、けっきょく大人の男同士の会話もすることなく、
20歳の時に死んでしまった親父のことをほんの少しだけ想い出した……。
ま、上に書いた話は本篇とは関係ないと言えばまったく関係ない話なんだけど?

10代の頃、母親を火事で失くしたライムンダ(ペネロペ・クルス)は故郷を離れ、
失業中の夫と15歳の娘パウラ(ヨアンナ・コバ)のために毎日忙しく働いていた。
ところがある日、肉体関係を迫ってきた父親をパウラが誤って刺し殺してしまう。
ライムンダは死体の処理に奔走するが、
同じ頃、近所に暮らす姉のもとには、火事で死んだはずの母親が現れて……。

働けど働けど日々の暮らしは一向に楽にはならず、
かつて熱烈に愛し合った男も今やダメ亭主になり下がり、
挙句、年頃になった娘の体をいやらしい目で見るようになって、
果ては本気で手を出そうとし抵抗した娘に刺されて死んでしまうという、
そんなどんより気が滅入りそうなエピソードで始まる三代の母娘の物語を、
スペインの名匠は決して湿気っぽくは描かず、燦々と降るラテンの陽光の下、
時にユーモアさえ散りばめながらいつものようになめらかな語り口で描いてゆく。

ほとんど観ているワリにそれほどフェイバリットというワケじゃないんだけど、
やはりアルモドバルの映画はどこかミディアムな楽しさでついつい観てしまう。
基本、楽しいから臭くないし嫌じゃないし切なさもわかって時には胸にグッとくる。
なんでも最初から泣かせればいいと狙っている一部の日本映画とはえらい違いだ。

そんな、よどみのない演出、キャストの人間味、鮮やかな色彩設計、心くすぐる音楽と、
鉄板のアルモドバル・テイストで掴み出される大地に生きる女たちの生き様で、
今回も監督はモノの見事に女性客のハートをグイグイ捉えて離さない。
だけど、映画がたくましく生きる女性の歓びや悲しみを巧く描けば描くほど、
独りで観ているコチラ、男としてはそのウチなんだか申し訳ない気になってきて、
すべての女性に対し土下座して謝りたいような気にさえなってくる(謝らないけど♪)。
けっきょくみんな男が悪い。郵便ポストが赤いのも電信柱が長いのもみんな男のせいなんだ。
ボクもいつの間にか親父と中身がソックリになってきたし、恋した女を泣かせるのは嫌だから、
ボクはまだまだ結婚できないし結婚したいなんて思わないんだ(ウソ。まだまだ遊びたいだけ)

あたかも上質なミステリーのように小気味好いドラマの果てで、
やがて目の前に現れた母が愛する娘に明かす“女の秘密”とは…?
クッキングペーパーに血がジュワ~と滲んでゆく様子を捉えるあたりなど、
悪趣味をアートに見せるワクワクするようなショットもいくつかあるものの、
かつての変態性はすっかりなりを潜めアルモドバルもマトモになってしまったが、
とにかく手堅く楽しめる、本作はペドロ・アルモドバル版“独占!女の120分”的な佳作。

ただ、下世話な男目線としては物語そのものよりなによりも、
大きくて真っ黒な瞳に思わず吸いつきたくなるようなエッチな唇、
そしてお願いだから埋もれてそのまま窒息死したいほど豊かな胸元も露わに色気全開の、
ペネロペ・クルスのセクシーさにウットリするだけでも入場料を払う価値はゼッタイに大アリだ!

volver

******************************************************************************************

O型の血に響くラテン映画二本立!
『抱擁のかけら』(2010/02/27)

よくA型は農耕民族の血、B型は遊牧民の血、そしてO型は確か戦士の血だなんて風に言われ(AB型は何?)、
日本人にイチバン多いのがA型というのは知られた話なんだけど、たかが血液型で…という意見も確かながら、
しかし日本人にA型が多いというのはなんか納得できる話だし、B型が遊牧民というのも実にいい喩えだと思う。
で、なぜ○○民から急に戦士なのかはともかく、Oが戦士というのは要は“血の気が多い”という意かと思われ、
そこでボクはO型なんだけど、一見穏やかそうな人間に見られながらその実確かに、ボクは元々血の気が多い。
まぁそれは裏を返せば単純て意味なんだろうけどなるほどボクは単純だしそれは映画の嗜好を見ても明らかで、
そして単純だから、たとえばA型の人と話していると「そんな細けぇコトどーでもいいじゃんよ」と思うことは多いし、
逆にBの人は考え方が広くて(ツッコミやすいけど)面白ぇな、と思うことが多い。そらAとBは合わんて言われるワ。

で、次にO型男性から血液型で異性を見ると…って話で、まぁ性格が云々なんて話は面白くないからいいとして、
ボクはここ何年ずっとカノジョもいないから独り身の侘しさを紛らわすためにタマ~にエッチなお店にイク時があり、
なかなか人に理解はされないものの、ボクはそんな遊びだって映画や音楽と同じ基本はライヴと思っているから、
コチラが“コール&レスポンス”の精神で臨めばいかな相手でも楽しめる、楽しみ合えるものだと思ってるんだけど、
しかしそういう一期一会の相手でも、時々いやァ~このコは打てば響くな、今日はホントに“いい試合”だった!と、
握手さえしたくなるような人に当たる時がありそしてそんなコに限って訊くとフシギなほどO型だったりする(ホント)。
前に何かで、O型は割り切り上手なら、エッチをスポーツ感覚で捉える傾向があるなんて読んだことあるんだけど、
確かに腑に落ちるところがあり、まぁ割り切り上手は…だけどエッチなんて基本はスポーツみたいなモンだと思う。

…と、冒頭から16行も費やしてけっきょく何が言いたいかといえば、O型女性とはエッチの相性がいいという話で、
だからこんなA型の多い日本より、イッソO型ばかりの南米に生まれれば楽しい人生だったかもしれないなぁ~と、
もちろんそんなこと本気で思っているワケはないんだけど、独り身が長くて毎日毎日があんまり寂しいモンだから、
O型の多いラテン圏の映画をつづけて観たついでにこんな切り口でその寂しさを嘆いてみたかったっていうしだい。
だけど、その内の1本、スペインの名匠ペドロ・アルモドバル監督の『抱擁のかけら』(なんだこの邦題?)を観たら、
開巻いきなり盲目の男性が大~きなオッパイのブロンド美女とラテン系の情熱的なエッチをするという場面があり、
どんな関係なんだろ…?と思っていれば、道案内をしてもらったついでにソッチの案内もしてもらったという話らしく、
そんな簡単に事が運ぶのか!?と、やっぱラテンだよなぁ~と憧れてしまった(でもスペインはA型が最も多いんだと)。

というワケで『オール・アバウト・マイ・マザー』『トーク・トゥ・ハー』『ボルベール』のアルモドバル監督最新作は、
上にも書いた通り盲目の男性が主人公のドラマなんだけど、ハリー・ケインという名で脚本家をしている彼の元に、
ある日、記憶から消したハズの人物の息子が現れたモンだから、彼は一度は封印した過去と向き合うことになる。
14年前、彼は、マテオっていう本名で映画監督として活躍していたんだが、新作映画のオーディションで出逢った、
ペネロペ演じる女優志願のレナと激しい恋に落ち、ところがレナには70を過ぎて嫉妬深い上に超が付く絶倫という、
じじぃのパトロンがいたために散々恋路を邪魔されて、挙句2人の愛は、悲劇的な結末を迎えていたのだった……。
かつて、視力とともに大きな愛を失った1人の映画人が、その苦しみや過去から解き放たれるまでを描いた物語で、
正直、話はどーでもよかったんだけど、そこがこの監督の名匠たる由で、見せ方が巧いからソツなく楽しめてしまう。

マドリードを舞台にした2008年と1994年、それぞれのドラマを巧く絡ませながら映画はあたかもサスペンスの体で、
監督自身が今までに手掛けてきた女性映画を思わせる劇中劇をラストでまんまと活かして絶妙な余韻を残すなど、
ガッツリ腹持のする愛憎劇と映画にまつわるアレコレが1本で同時に楽しめてしまう本作は映画と愛に関する寓話。
その、ラテンチックで密度の濃ぃ~愛憎劇は滑稽でもあり、とくに、絶倫じじぃのレナに対する執着ぶりは奇々怪々、
読唇術の件は笑わせようとしているとしか思えずだけどそのコミカルとシリアスのメリハリが相変わらず抜群だから、
コチラには縁のなさそうなどーでもいい話でもつい乗せられるし、フツーに、「いい映画を観たなぁ~」と思えてしまう。
冒頭のブロンド美女も素晴らしいけどペネロペのまさに垂れを知らぬ美乳はもう国宝級で、彼女を観に行くだけでも、
充分に元は取れるし、隅から隅まで行き届いたその映画的サービス精神こそまさにラテンの真髄。監督何型かな?

los-abrazos-rotos

******************************************************************************************

アルモドバル×イグレシアで今年はグラシアス!
『私が、生きる肌』@「第8回 ラテンビート映画祭」!(2011/09/20)

去年の「ラテンビート映画祭」に行った時のブログを読み返したら「来年からも行こう!」とか書いてあったワリには、
直前までまるで行く気はなかったんだけど(ど~にもバルト9が苦手で…)、気なしに、スケジュールをチェックしたら、
ワリと都合のよい日時に「オォ、これは観たい!」と思う映画の上映が組まれていたため急遽、観に行くことにした、
今年の「第8回 ラテンビート映画祭」。2作品観て1本目はティーチイン付きだったから大いに賑わっていたんだけど、
ツブラな瞳の映画祭ディレクター、アルベルトさんをまたまた見られてよかったよかった。映画配給ワークショップの、
ゲスト講師として氏の話を聞いたことが本映画祭に興味を持つキッカケだったんだが、彼の独特のキャラクターこそ、
ボクは映画祭の色としてもっとフィーチャーされるべきではないかと思う。そしてキャラといえば↑の絵の女のコこそ、
おなじみ映画祭のマスコット“ドニータ”で、今年は日本の復興を祈り美空ひばりを意識したんだという(わからねー)。

というワケで初日に観た1本目が、これまたワークショップでアップリンクの浅井さんが今年のカンヌで観たっていう、
そして権利を買おうか迷うほど面白かったよと言っていた、日本でも根強い人気を誇るスペインの世界的映画作家、
ペドロ・アルモドバル監督の新作『THE SKIN I LIVE IN』(英題)。確か浅井さんがぜ~んぶネタバレしたハズだけど、
ほとんど憶えてなかったのでガッツリ楽しむことができた。ネタバレに過敏な人いるけど人の記憶などそんなモンよ。
ただ、そんなモンとはいえさすがに一般公開もまだ先だし、確かにこれは要の部分をネタバレしちゃうとマズいんで、
細かいストーリーについてはいっさい触れない。ただ本作は公開されたら賛否両論も必至の問題作にはなると思う。
個人的にはズバリ、面白かった。予告篇だけでもその片鱗がわかる通り本作の内容を簡単に言うとしたら、これは、
殺人、凌辱、監禁、皮膚移植に性転換とあらゆる過激な要素をギッチギチに詰め込んだアートな変態怪作スリラー。

アントニオ・バンデラスが久々のアルモドバル作品出演というのも話題だけど(『アタメ 私をしばって!』以来か?)、
それよりもここ最近ずっと“女性映画の巨匠”として女性の映画ファンから絶大な支持を受けていたアルモドバルが、
まさしく原点回帰とばかりに“バチ当たり”なバッド・テイストのオンパレードを披露してくれているのが実にうれしい!
近頃のスペイン映画はなんといってもホラーが元気だし、アルモドバルもようやっとそうしたエクストリームな方向に、
今後は舵を切ってゆくということなんだろうか? もちろん、そんなエクストリームな中にも絶妙なるユーモアがあるし、
ユーモアというよりも感動すればいいのか笑えばいいのか日本人的には少々戸惑うようなラストもかなりブラックで、
とにかく、いつもみたいなドラマ的感動を期待すると大ヤケドしかねない映画だけどその分観る価値は大きいと思う。

the-skin-i-live-in

******************************************************************************************

まさに賛否を蛇行のキノドライヴ!
『アイム・ソー・エキサイテッド!』(2014/01/30)

ひたすらマジメな映画を撮り続けた巨匠の遺作の後に超不マジメで下品なコメディを観るというのもアレなんだけど、
お次はまだまだこれからのスペインが誇る巨匠ペドロ・アルモドバル監督最新作『アイム・ソー・エキサイテッド!』。
ただ印象から今回はさすがに観なくてもいいかなぁ…と思いつつ、でもやっぱりこの監督の映画もずっと観ているし、
なにより前作の『私が、生きる肌』がかなりいい感じに頭オカしかったのでこれも印象より凄ぇ映画かもしれないと、
気を取り直して観に行ったんだけど…まぁ結果的には、やっぱりわざわざ劇場で観るほどじゃなかなったかなぁ、と。
そりゃまぁ確かにおネエの客室乗務員とキ○ガイ客らがこぞって繰り広げる飛行機コメディはかなり頭狂っているし、
それをアルモドバルの原点回帰と言おうと思えば言えなくもないんだけど、しかし反面これもやはり小手先というか、
巨匠の軽いお遊びくらいにしか思えずそれこそ飛行機に乗った時に小さいモニターで観れば充分ってな感じだった。

im-so-excited

blanca-suarez

でもブランカ・スアレスは好き!

なんだかんだ頑張れTIFF! 「第29回東京国際映画祭」

tiff2016

「第29回東京国際映画祭」
[2016年10月25日(火)‐11月3日(木・祝)]
TOHOシネマズ六本木ヒルズEXシアター六本木

①『ラブリー・マン』

今年の1本目はインドネシア映画―。小品らしくしみじみといい映画だった。
敬虔なムスリムの少女が4歳の時に別れた父親に逢うためジャカルタに行く。
でも、父親はヤクザのもと男娼として都会の混沌の中を孤独に生きていた…。
性的マイノリティやイスラームとジェンダーなどテーマ自体はかなりヘビー。
しかし映画は題材の内面には深く踏み込まず一風変わった父娘の一夜の物語を
ただ静かに見つめ続ける。ちょっと感傷的で口当たりがよすぎな気もするけど
ジャカルタの夜の風情が実に生々しく寂しげで、心優しい都会の童話みたいに
なっている。個人的にはドビュッシーよりアザーンの響きに心くすぐられた。

lovely-man

『ラブリー・マン』(2011年・インドネシア/カラー/76分)
【監督】テディ・スリアアトマジャ
【出演】ドニー・ダマラ、ライハアヌン・スリアアトマジャ、ヤユ・アウ・ウンル
【5段階評価】★★★★☆
【鑑賞劇場】TOHOシネマズ六本木ヒルズ3
【鑑賞料金】1,300円(前売一般)

②『舟の上、だれかの妻、だれかの夫』

2本目もインドネシア映画。でもコチラは『ラブリー・マン』とは少々異なり
やや作家映画的な短篇作品2本立。まずは海の美しいインドネシア東部の島に
1世紀前の不倫ドラマについて調べに来た女性とそこで出逢う青年との物語。
正直ただなんとなく観てるだけじゃ何を語っているのか全然よくわからない。
というより、ヒロイン役のマリアナ・レナタの黒ビキニの上にYシャツという
最強コンボが鬼のようにセクシーすぎて話がほとんど頭に入ってこなかった!
あれはズルい。何かのトラウマがあるワケじゃないけど監督は海が怖いらしく
そう言われるとストレートに自然の驚異を感じさせるそんな映画ではあった。

someones-wife-in-the-boat-of-someones-husband

『舟の上、だれかの妻、だれかの夫』(2013年・韓国=インドネシア/カラー/58分)
【監督】エドウィン
【出演】マリアナ・レナタ、ニコラス・サプトラ
【5段階評価】★★★☆☆
【鑑賞劇場】同上
【鑑賞料金】同上

③『ディアナを見つめて』

つづいては『鏡は嘘をつかない』(TIFFでも岩波ホールでも未見)の監督作。
そして『ラブリー・マン』では娘を演じていたライハアヌンが一児の母親役。
ある日突然夫が第二夫人を娶りたいと言い出して戸惑う女性の深い葛藤を描き
そんな慣習に真っ向から異を唱えた物静かだけど意思のくっきりとした作品。
でも第二夫人を娶るからには男は二つの家庭に100%責任を負わねばならず
最後はけっきょく喰い詰めグチばかり言うこの夫にそんな資格実はないワケで
そういう意味じゃラストは奥さんの方が実は上に立っているようにも思えた。
実物の彼女は大変美しくあんな人が妻だったらコッチこそ第二夫にされそう!

following-diana

『ディアナを見つめて』(2015年・インドネシア/カラー/42分)
【監督】カミラ・アンディニ
【出演】ライハアヌン、タンタ・ギンティン、パンジ・ラフェンダ・プトラ
【5段階評価】★★★☆☆
【鑑賞劇場】同上(上記作品と2本立)
【鑑賞料金】同上(上記作品と2本立)

④『ブルカの中の口紅』

『PK』のジャグーの妹がいつの間にやら大人の女性になっていてびっくり!
そしてコーンクナー・セーン・シャルマーがボクのいちばん好きなインド映画
『Mr.& Mrs.アイヤル』(2002)の頃とまるで変わらないことに二度びっくり!
基本的には艶笑コメディで語り口が軽快ゆえ時に吹き出しながら愉しめたけど
男としてはいたたまれない4人の女性の息苦しい日常を描くヘビーなドラマ。
タイトルに“ブルカ”と付くからにはもっとイスラーム的な話かと思っていたが
映画はより広く普遍的な女性の抑圧を描き、ブルカはその象徴的な意味合い。
タイプの違う4女性ということでレバノン映画の『キャラメル』も連想した。

なにしろ男がロクなもんじゃないんだけどかと言って男を貶めるワケではなく
4人がそれぞれ魅力的だから男でもしっかり感情移入できるのが素晴らしい!
彼女らの葛藤を自身の問題として捉える女性監督の視線はどこまでも誠実だ。
それぞれに苦難が降りかかるラストも一見重くいかにも救いがなさそうだけど
しかし“男で”幸せになったってそれを真の女性の解放とは言わないと思うので
ラストに4人集まって煙草をふかし笑い合い“何か”を共有するようなシーンは
この映画が誠の女性映画であることを示す切なくも力強い場面だったと思う。
ただインド全体の男尊女卑をブルカに集約してまた軋轢を生まないかが心配。

lipstick-under-my-burkha

『ブルカの中の口紅』(2016年・インド/カラー/117分)
【監督】アランクリター・シュリーワースタウ
【出演】ラトナー・パータク・シャー、コーンクナー・セーン・シャルマー、アハナー・クムラー
【5段階評価】★★★★☆
【鑑賞劇場】TOHOシネマズ六本木ヒルズ9
【鑑賞料金】同上

⑤『ダイアモンド・アイランド』

これもいい映画だった。確かに全体的にはもう一歩!ってところはあるけれど
それでもついにこういう青春映画がカンボジアでも創られるようになったか…
という台湾や中国映画のニューウェーヴを観た時と同じうれしい驚きがある。
急激な経済発展の影で燻ぶるやり場なき、でも穏やかなカンボジア的青春像は
ホウ・シャオシェンやジャ・ジャンクーの初期作にも似たアジア的哀愁を醸し
元の撮影機材の問題か少し画質が悪いものの胸がキュンと鳴るよな場面満載で
リティ・パンの遺伝子を受け継ぎつつ新しい世代の息吹を感じさせてくれる。
女のコたちが妙に色っぽいのもよかった。またいつかカンボジアに往きたい!

diamond-island

『ダイアモンド・アイランド』(2016年・カンボジア=フランス=ドイツ=タイ=カタール/カラー/104分)
【監督】デイヴィ・シュー
【出演】ヌオン・ソボン、ノウ・チェニック
【5段階評価】★★★★☆
【鑑賞劇場】同上
【鑑賞料金】1,500円(前売一般)

⑥『クラッシュ』

いわゆる“アラブの春”から2年後のカイロを舞台にした注目のエジプト映画。
2011年の革命でムバーラク政権を倒したのはいいけどイスラム主義を掲げる
次のモルシー大統領に反対する人々と支持派との軋轢で国は再び真っ二つに。
そんなデモの騒乱の中、双方の民衆が一台の護送車に次々と詰め込まれる…。
要は政治、宗教、男性、女性、様々な人が乗る護送車の中をエジプトの縮図に
その混沌をパワフルに描いた力作…ではあるんだけど正直ケレン味が強すぎて
自分たちはいつまでこんな不毛な対立をつづけるんだ!?という肝心のテーマが
少々置き去りにされていたような気がする。期待してただけにちょっと残念!

clash

『クラッシュ』(2016年・エジプト/カラー/98分)
【監督】モハメド・ディアーブ( 『Cairo 678』 )
【出演】ネリー・カリム、ハニ・アデル、タレク・アブデル・アジズ、アフマド・マレク、アフマド・ダッシュ
【5段階評価】★★★☆☆
【鑑賞劇場】TOHOシネマズ六本木ヒルズ2
【鑑賞料金】同上

⑦『ヘヴン・ウィル・ウェイト』

素晴らしい!最後の最後にこんな傑作が観られて今年のTIFFはこれで大満足!
イスラム過激派組織の思想に“洗脳されていた”少女と“洗脳されていく”少女を
巧みに対比描きながら今やフランスのみならず世界が直面する問題を見据えた
日本も人ごとではなく今観るべき珠玉の社会派映画にして切ない青春ドラマ!
先のブルキニの話がいい例でフランスも頻発するテロを前にもはやなす術なく
結果、無意味な宗教弾圧に走るなどどんどん悪い方に傾いていっているけれど
映画は“問題はそこじゃない”と決して感情的になることなく極めて冷静沈着に
綿密なリサーチで得た少女らの体験を基にしながらその根幹を考察してゆく。

面白いのはそういう若者らの洗脳を解く活動を実際にしているムスリム女性が
本人役で出演しセラピーの過程を見せてくれること。それが実にスリリング!
そしてそこから見えるのは、問題を前にもはや無力な社会と大人たちの姿…。
最後の最後に全体像がわかるサスペンスフルな構成やゾッとする描写も見事!
社会性と娯楽性が同居していてこの監督は前の『奇跡の教室』も面白かったし
今フランスで最も注目すべき力ある作家と言ってもいいんじゃないだろうか?
こういう映画が創られる土壌がある分フランスはまだマシという気さえする。
あんな酷い政権をいまだ多くの人が盲信しているこの国の方がよっぽど心配!

というワケでチケット問題などいろいろあったが今年のTIFFは充実していた!

heaven-will-wait

『ヘヴン・ウィル・ウェイト』(2016年・フランス/カラー/105分)
【監督】マリー=カスティーユ・マンシオン=シャール( 『奇跡の教室 受け継ぐ者たちへ』 )
【出演】ノエミ・メルラン、ナオミ・アマルジェ、サンドリーヌ・ボネール、クローティルド・クロー、ジヌディーヌ・スアレム
【5段階評価】★★★★★
【鑑賞劇場】TOHOシネマズ六本木ヒルズ7
【鑑賞料金】同上